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This is the archive for November 2002

ラサ企画代表

 昨年より始まった「竜音杯」中国民族楽器国際コンクールは、昨年は古箏、今年は二胡、以後毎年異なる楽器のコンクールとなる。主催は、中国音楽家協会『人民音楽』編集部と竜音制作有限公司。今年は中国音楽家協会二胡学会が協力している。

 審査方法は、青年プロ(音楽大学生も含む)の部、青年アマチュアの部、少年プロ(音楽大学附属小・中学校生)の部、少年アマチュアの部の4組に分かれ、第一次はテープ審査、二次(準決勝)から北京で行われた。

 賈鵬芳二胡教室の生徒中西桐子さんがこれに挑戦し、一次審査に合格したので、北京に同行した。桐子さんは11歳で、二胡歴は4年余り。少年アマの部の課題曲は、第一次:良宵・山村変了様子、第二次:流波曲・江南春色、決勝:葡萄熟了・懐郷行。

 10月16日北京着。5時から10持まで中国音楽学院で頼んであった揚琴の熊俊傑さんと練習に入る。北京に来る日程をこのときに合わせて下さった師の賈鵬芳氏も立ち会い、賈氏の先生である周先生も来て下さる。日本人に長年二胡を教えてきた賈鵬芳氏の生徒の中から日本人の優秀な生徒が育ったというのは、日中国交正常化30周年の今年にふさわしいということで、 NHKが番組を制作することになり、北京でもNHKに代わって中央電視台の取材が行われた。狭い練習室はテレビ局の人や先生方や付き添いたちで満員になる。

 翌17日朝9時から12時までまた練習に行く。午後、コンクール委員会が斡旋してくれたホテルに入ったが、そこには委員会の事務局も置かれ、北京以外から来た参加者もたくさん泊まっており、各部屋から二胡の音が聞こえてくる。階段で練習している人もいた。まず我々(桐子、お母さん、私)が驚いたのは、中国の子供たちの熱気と意気込みであった。コンクール会場でも感じたのだが、ともかく本人も親も必死である。アマといっても日本人の趣味とは全然真剣さが違う。午後、抽選で演奏の順番が決まり、22番を引いた桐子さんは18日午後に演奏ということになった。

 コンクールは中央音楽学院で行われた。ホテルから徒歩10分くらいのところ。審査員はそうそうたるメンバーで9人、親や知人ほか観客もいる。18日は、12時から中央音楽学院の練習室を借りて練習し、16:30やっと出番。前の二人を聴いたが、桐子さんも遜色はない。しかし残念ながら、ネックになっていた「江南春色」の速いところで止まってしまい、それが致命的になった。中国の子供は間違うということは考えられないほど練習している。本人も、中国の子供はすごい、自分は練習が足りないと自覚する。

 19日午前中は残りの参加者の演奏を聴きに行く。20日午後発表、やはり決勝には入らなかった。参加賞の賞状をもらい、少年アマでテープ審査に応募したのは100名以上でいちばん競争率が高い、そのうち34人が選ばれたのだから、そこに入っただけでもたいしたものですよ、と励ましてもらう。決勝はその中から6人が残る。

 あとは気楽に北京の町を見て回り、21日午前午後と、少年アマと青年アマの決勝を見に行く。少年アマは上手かったが、第一位はなし。青年アマも一位はなかった。

 決勝には残らなかったが、今回のコンクール参加は桐子さんに大きな影響を与えた。この楽器演奏者のレベルを知ったことで、さらにやる気を出している。帰国後、くせがあった右手と左手の基礎的な練習をやり直すことから始め、練習時間も増やした。たくさん聴いたことにより、前より音に起伏が出てダイナミックになってきた。

 少年の部は15歳までなので、4年後にまた挑戦できると、桐子さんは気持ちを新たにがんばっている。
(2002.11.12)


●キリコのその後と現在

Tuesday, Nov 12, 2002

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