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This is the archive for February 2005

10年かけて行われる金堂の大修理を記念して開かれたこの展覧会は、金堂と御影堂の堂内再現を二大コンセプトとして行われた荘厳なものであった。展示数は多いほうではなかったが、天平時代の仏像はことのほか風格があり、お寺のほうでは薄暗い金堂の中で離れて見ていたものが、すぐ傍で見られた。再現された金堂内には、門外不出の盧舎那仏を中心に、前には帝釈天と梵天が、四方には四天王が立つ(薬師如来と千手観音は別置)。展覧物を鑑賞するというよりも、仏様たちと同じ空間に存在するという気持ちになり、遥か昔、そこに入った人たちがそうであったであろうと同じく、ただ「ありがたい」という気持ちが湧き上がり、他の鑑賞者の存在が消えてしまった。

 金堂の修理の様子も写真で紹介されていたが、まず解体から始まる。一つ一つの木材を外して、どこにあったものかを記録していくのだが、気の遠くなるような細かい作業である。

 御影堂には、これも毎年の開山忌の何日かしか開帳されない鑑真和上像と、東山魁夷画伯が10年の歳月を掛け、心を込めて描かれた障壁画と厨子絵の全点が展示されていた。日本に正しい仏教の戒律を伝えるために、5回も失敗しながら、盲目となってもその意志を失わず12年の歳月をかけて来日された鑑真和上の像は、穏やかな中にもこれでよかったのだという確信に満ちたものが感じられ、思わず手を合わせてしまった。

 障壁画は、自然を描いたものであるが、以前、唐招提寺で初めてそれを目にしたとき、一目見て自ずと涙が溢れてきた。今度もそうだった。東山画伯は、目の見えない鑑真和上に故郷の湖の波音、水辺の柳が風でそよぐ音をお聴かせしたいと思ったと語られたことがあったが、そういう思いを込めて和上に捧げられた絵であるからこそ、人を感動させるのである。技術的な面では描ける人がほかにもいるかもしれないが、その絵の中に染み込んだ心が人を感動させるのである。

 余談であるが、我が家には中国の著名な画家斉白石が1949年に描いたヒョウタンの絵がある。偽物がたくさん出回っている斉白石の絵だが、下さった方と年代から見て本物に違いない。それよりもその絵がやって来て、箱を開いたとたん、絵が飛び出してくるようなショックがあったことに驚いた。その感覚があって、これは本物だと確信をもったものである。これも作者の心なのだろう。

Tuesday, Feb 15, 2005

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