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This is the archive for December 2007

『銀芽通信』ご愛読者各位
            東京中国茶文化研究会会長
            銀芽通信編集代表
            高橋忠彦

拝啓 『銀芽通信』ご愛読者各位におかれましては、ご清祥のこととお慶び申し上げます。長きにわたりご愛読いただいた、東京中国茶文化研究会発行の『銀芽通信』ですが、今号をもちまして、終刊とさせていただきたく存じます。
小誌は中国茶に関する情報提供と、中国茶の愛好家の交流を目的として、刊行されておりました。各位のお力添えによりまして、長く刊行を続けられましたのは編集側の喜びとするところであり、改めてお礼を申し上げたいと存じます。
刊行を始めた頃は、中国茶に関する書物もほとんど無く、わずかな記事を中国の刊行物などから探し出し、読者に提供するという意義を持っていたと自負しております。
しかしながら、現在では中国茶に関する出版物は、中国ではもはや汗牛充棟のあり様ですし、日本でもかなりの数に上ります。もちろんWEB上の情報も増えています。そのような情報の全てを収集して、貴重なものだけをご紹介するのが理想かとは存じますが、もともと少人数の手仕事で始めた作業でありますので、今後十分な成果は望めないところであります。また、中国茶の愛好家の交流の場とするために、投稿をお願いしておりましたが、その数も多くはありませんでした。これは宣伝不足など、当方の責任でもあろうかと存じますが、その面でも成果を上げられず、申し訳なく存じております。
以上のような理由をもちまして、社会的な意義を維持したまま刊行を続けることが難しいと判断いたした次第であります。今までのご支援には感謝いたしますが、ご理解をいただくよう、伏してお願い申し上げます。

なお、東京中国茶文化研究会は、現在では、その活動がほぼ『銀芽通信』の刊行に限られておりましたので、終刊に伴いまして、研究会の方も解散させていただきたく存じます。
末筆ながら、ご愛読者各位の今後のご発展をお祈り申し上げます。      
                        敬具

『銀芽通信』の歩み
            東京中国茶文化研究会
            副会長 亀岡紀子

 突然『銀河通信』67号を以ての終刊と東京中国茶文化研究会解散のお知らせをお送りすることになり、長きにわたってご愛読下さった方々には誠に申し訳なく存じます。
同封致しました高橋忠彦会長のご挨拶にありますように、今では存続の意義が薄れたことをご理解いただき、ご容赦下さい。
 『銀芽通信』は、東京中国茶文化研究会及びそれに先立つ「中国茶を嗜む会」と連動して発行していたものですが、その歩みを簡単に紹介しておきたいと思います。
 1985年にラサ企画主宰で発足した「中国茶を嗜む会」は、当時健康茶のイメージの強かった中国茶を、嗜好品として、中国文化の一環としてとらえ、さまざまな角度からアプローチするとともに、それを育んだ中国文化、特に生活文化にも思いを致す、という立場で、1985年11月30日に第1回を開催、その時点で日本では入手できない中国茶数種と点心を味わいながら、茶や中国に関する情報を交換する場となっていました。この会は不定期に年2〜3回、高橋会長や私が中国でお茶を入手することができたときに亀岡宅で開いていたものです。会員制ではなく、参加者は8人から30人でした。
 東京中国茶文化研究会は、1993年11月、中国湖州で開かれた陸羽生誕1260年記念学会に参加したのを機に成立したもので、準備期間を経て1996年1月より正式に活動を始めることになりました。
 『銀芽通信』は「中国茶を嗜む会」一回目から集まりに合わせて発行していたものですが、東京中国茶文化研究会が発足してからの21号から季刊となりました。
 今バックナンバーを見返してみると、この20年間の中国茶をめぐる様相が分かるような気がします。中国茶に関する基礎知識・歴史・民間伝承、各種名茶・書籍・点心の紹介、現地の茶事情などの連載やルポを掲載しており、第一号は手書きです。
 その頃まだ稀少であった中国茶のお店探訪記事もあり、21号(96年)から34号(99年)まで、東京・横浜や上海、北京、広州、香港のお店を紹介していますが、34号が出る頃には、東京には中国茶の店も多くなってきて、紹介記事を掲載するまでもなくなったので終了しました。この頃の中国における茶事情も今ほどではなく、特に茶館や茶楼はやっと復活しかけていた時期だった、ということが思い出されます。
 1994年5月と96年2月に、中国の名茶を展示し飲んでもらう「五官で味わう中国茶の世界 茶仙との出会い」を数日間にわたって開催しましたが、そのレポートも掲載しています。この頃は中国茶もまだ珍しかったからか、約500人の参加者があったようです。今では、これらのお茶も日本で手に入るものが多くなりました。
 特筆すべきは、22年にわたって発行してきた『銀芽通信』は高橋会長に負うところが多大であったことで、主に貴重な文献資料の紹介、論文などの記事執筆から編集・製本までを負担していただきました。内容的に質の高いものになったのは、ひとえに高橋会長のお陰であることを感謝しております。
 長い間、ご愛読下さいました皆様、会員の方々に篤く御礼申し上げます。
                 2007年12月10日

Saturday, Dec 29, 2007

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Friday, Dec 21, 2007

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